PROFILE

お名前:2010年8耐
生年月日:2010年07月25日
出身地:三重県
自己紹介:


2010年7月22日(木)〜25日(日)まで鈴鹿サーキットで開催される伝統の耐久レース『“コカ・コーラゼロ”鈴鹿8時間耐久ロードレース・第33回大会』のオフィシャルブログです!

ここを見れば、鈴鹿8耐のみどころがよ〜く分かりますよ!


7/22(木)公式練習
7/23(金)公式予選
7/24(土)スーパーポール
7/25(日)決勝(8時間)

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初代ウイナー、ヨシムラの長い歴史

昨年の優勝チームで、

初代鈴鹿8耐ウイニングチームの
「ヨシムラ」





その社屋には今も懐かしいマシンが飾られています。





今も伝説となっている第一回鈴鹿8耐でのヨシムラの勝利。





株式会社ヨシムラジャパン

代表取締役社長の
吉村不二雄(よしむら・ふじお)さんに

いろいろと昔話を教えて頂きました。






「鈴鹿8耐が始まる前、60年代から鈴鹿の耐久レースに出ていました。


1964年は鈴鹿18時間耐久で優勝しました。副賞でいろんなものを


貰いましたね」と笑顔で語った吉村さん。



えっ!?ちょっと待ってくださいよ、18時間ですか?

と聞き返したくなりますが、実は鈴鹿サーキットが創設されて間もない

1964年に初の2輪耐久レースとして
「鈴鹿18耐」が開催されました。



ヨシムラは8耐が始まる以前にも、

本格的な鈴鹿の耐久レースの初代ウイナーでもあるのですね。




「当時はお客さんなんてほとんど居ませんでしたね。


チェーンとかプラグとかバイクのシートの下に積んで、壊れたら


コース上でライダーが自分で直す。凄い時代でした」











その後、ヨシムラは1972年にアメリカに進出。

アメリカでの指揮をとったのがPOP吉村こと吉村秀雄さんの息子、

吉村不二雄さんでした。



ヨシムラはアメリカでも積極的に耐久レースに挑戦。

そして、鈴鹿で初のインターナショナル耐久レースとして

「鈴鹿8耐」が開催されることを聞き、ヨシムラは参戦します。




「アップハンドルのバイク(スズキGS1000)で走るのは


邪道じゃないか?とも思ったんですけどね。勝機はあった」



他のバイクのラップタイムを比較してシミュレーションすると

レースに勝てることが出場前から分かっていたそうです。



今と比べれば耐久レースに対するノウハウもまだまだみんなが

未熟な時代。ヨシムラはこの頃からきっちりと勝利に対する計算が

できていたということでしょう。



その当時からはメンバーは全員が入れ替わっていますが、

耐久レースの黎明期に培われたヨシムラのイズムは受け継がれて

いるわけです。













ところで、ヨシムラといえば2輪ですが、

昔は4輪レースにも出ていたのはご存知ですか?







貴重な本
「The Legend Of ヨシムラ」を開く吉村さん。



1970年、富士1000km耐久レース

GTS1クラスでクラス優勝!



ドライバーは現「モリワキエンジニアリング」社長の森脇護さん、

そして「ヨシムラ」の吉村不二雄さんでした。











鈴鹿8耐の思い出のレースは


「やっぱり1987年だね。当時はチーフメカニックだった。


最後の5分で(ライダーが周回遅れと接触して転倒)優勝を逃した。


あれは忘れられないね」と吉村さん。







今は吉村さんの甥にあたる加藤陽平監督に全てを託し、

吉村不二雄さんは全体を見る立場に居ます。




「陽平が引き継いでくれて肩の荷がおりた」とおっしゃいますが、

今週末もシケインスタンドあるいはスプーンカーブのスタンドでは

ライン取り、マシンの動きなどをチェックする吉村さんの姿が

きっと見られることでしょう。




「ピットに居ても全然面白くないしね」



吉村不二雄さん、そしてPOP吉村さんのレースへの情熱は

チームの最前線部隊と一緒に走り続けているのです。











【関連リンク】



ヨシムラジャパン

http://www.yoshimura-jp.com/













投稿日時: 2010/07/21 22:53:13   投稿者:【 2010年8耐 】
カテゴリ: 参戦チーム