2002年に、バイク好きなフリーライター/高橋 剛さんが書いた僕の記事がGOGLE誌に掲載された。
もしよければ、読んで下さい。
2012年度「K-maxRacing」でのレース活動体制のご報告をします。
本年度は、今後のレース界を牽引していって貰うべく、ジュニアライダーの育成とレースを愛し楽しむ、そしてモータスポーツの盛上げに協力を惜しまないライダーで結成されたチームでレース活動をしていきます。
チームのベースとなるのは、愛知県名古屋市に所在する「モーターサイクルプロショップ ケィマックス」になり、チームに所属するライダーは、関東・中部・関西のサーキットでレース活動をしていきます。
各サーキットでは、チームの活動主旨である、「安全に楽しく、安全に速く、マナー良く」を第一に、個々のスキルアップとレベルアップ、そして“楽しむ”をモットーに活動していくチームを目指します。
Kmax Racingは、チーム一丸となってモーターサイクル文化の発展、モータースポーツの発展、関係企業の技術開発に貢献活動が出来る様なレーシングチームも目指していきます。
各サーキットでお見かけの際は、お手柔らかにお願い申し上げます。
チームメンバー【順不同】:
・佐藤 亨 40歳 幸田サーキット・明智ヒルトップ・近畿スポーツランド
・星本 浩基 31歳 幸田サーキット・近畿スポーツランド・筑波サーキット
・近藤 史郎 41歳 幸田サーキット・近畿スポーツランド・筑波サーキット
・武石 哲也 43歳 幸田サーキット・明智ヒルトップ・美浜サーキット・近畿スポーツランド
・渡辺 正一 48歳 幸田サーキット・筑波サーキット・近畿スポーツランド
・梶田 聖巳 54歳 幸田サーキット・筑波サーキット・近畿スポーツランド
・溝川 靖之 26歳 幸田サーキット
・田村 菜美 13歳 近畿スポーツランド・幸田サーキット・筑波サーキット
・岡谷 雄太 11歳 筑波サーキット・幸田サーキット・鈴鹿サーキット・京葉スピードランド
・宮嶋 葵 12歳 筑波サーキット・茂原ツインサーキット西コース・幸田サーキット
・芳賀 友利亜 13歳 幸田サーキット・近畿スポーツランド・筑波サーキット
以上のメンバーで活動を行なっていきます。
K-maxRacingに「自分も一緒に!」という方は、どんどんお問合せ下さい。
◆ 活動協力各社 ◆
・株式会社ダンロップモーターサイクルコーポレーション ・NUTEC ・株式会社江沼チヱン製作所 ・株式会社アライヘルメット ・有限会社Jスタイル(J-TRIP)
今年もやります!!鈴鹿サーキット/フルコース走行会!!
鈴鹿サーキット/フルコースに於いて、ディライトさん・TSRさん・ササキスポーツクラブさん・弊社K-maxの4社合同で走行会を開催します!!
そして、まだまだ参加者受付中です!!
皆様のご参加お持ちしております!!
今回開催する走行会は『サーキットの面白さを多くの人に伝え、バイク自体を楽しんでいただきたい!』というコンセプトで初心者・中級者の方のみならず、超ハイペースの上級者クラスも参加して頂ける走行会です。サーキットライセンスは必要ありません。
★ 開催概要 ★
先導車付ですのでコースもわかりやすく安全です。
クラス分けがあり、クラスに合わせた走り方を致します。
皆様のご参加お待ちしております。
・開催日 : 4月18日(水)
・参加費用 : 1,9000円(入場料・保険代込)
・走行時間 : 25分×2本(先導車付き・クラス分け有)
・走行時間帯 : 11:00~12:00&13:30~14:30
↓お申込前にこちらの参加確認事項をご確認下さい↓
↓参加申込書はこちらからプリントアウトして下さい↓
◇ 参加申込書 ◇
◆鈴鹿サーキットフルコース走行会参加に必要な物
【 装備 】
・フルフェイスヘルメット・グローブ・ブーツ・革ツナギ(革のセパレート可※注意)
(革ツナギは肩やひじ、ひざなどにパッドが入っているものを推奨します。また、ツーピースツナギでも上下がチャックでつながればOKです。)
※注意:革の上下が繋がらない装備の場合は、プラスチック系のパッドが付いているものに限ります。パッドは肩、ひじ、膝、もしくはそれ以上装備されているものとします。その場合、参加走行クラスは初心者クラスに限られます。
【 車両 】
・バイクは250cc以上(スクーターを除く)とさせていただきます。
モタードでもツアラーでもOKです。(要お問合せ下さい。)
【 参加資格 】
・二輪中型免許取得者
【 携帯品 】
・ご自身の健康保険証
「今まで走りたいと思っていたけど、走れなかった方」
「興味が無かったけど、ちょっと走ってみたいと思った方」
2012年もチャレンジ、チャレンジの年にしましょう!
そして私たちと一緒に楽しみましょう!
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
モーターサイクルプロショップ ケィマックス
2012年4月 営業休業日のお知らせを致します。
【 2012.4月 】
休業日は、19日(木)を臨時休業とさせて頂き、その他は毎週水曜日の定休日を休業致します。
皆様方にはご不便をお掛けする事になるかもしれませんが、ご理解を頂きましてよろしくお願い申し上げます。
よろしくお願い致します。
2012年の『エンジョイ!KM耐 耐久ロードレースin幸田サーキット』開催スケジュールが決定しました!
その開幕戦は、3月17日(土)・18日(日)に愛知県額田郡幸田町にある『幸田サーキットYRP桐山』にて開催致します!
その開幕戦の参加エントリーの受付も1月16日から開始致します。
今シーズンも昨年開催のレース同様にエンジョイ90分耐久レースも開催致します!
ビギナーにはもってこい!ベテランにはチョときついルールもあり、楽しめるレースを開催致します。
(レースルール:※エンジョイ耐久はビギナー及び初心者に限らせて頂き、56秒ルール(1周のラップタイムが56秒を切る場合、その週回数はカウントされない)を導入します。また、エンジョイ耐久参加者のKM耐へのダブルエントリーは可能です。)
【 2012年度 開催スケジュール 】
◆ 開幕戦 1月17日(土)・18日(日) 【1月16日~エントリー開始】
◇ 第2戦 6月30日(土)・7月1日(日) 【5月1日~エントリー開始】
◆ 第3戦 10月27日(土)・28日(日) 【8月27日~エントリー開始】
幸田サーキットYRPならではの他に例の無いレースを皆様と共に確立を目指します!
尚、各クラスの参加台数に30台と限りがありますので、参加したいという方はお早目のエントリーをお願い致します。
◆開催概要◆
『KM耐3時間耐久レース in 幸田サーキット』
◆エントリー&レギュレーション◆
【・エンジョイ90分耐久レース/エントリー用紙ダウンロード】
エントリー締め切り: 各クラス30台まで(1チーム ライダー2名~5名までで構成) 募集台数30台満了し次第、エントリー受付を終了致します。
●必要書類:
① 健康保険証のコピー提出(エントリー申し込み時)
② 運転免許証のコピー提出( 〃)
③ 誓約書提出(レース当日)
●申込先:
株式会社MSA内 KM耐レース 運営事務局 担当:筒井
〒444-0044愛知県岡崎市康生通南3-2 221ビル3F
TEL 0564-21-3393 FAX 0564-21-4628
URL: www.msa221.com E-mail: ken221@gol.com
幸田サーキットでの走行スケジュール等は、幸田サーキットHPにてご確認下さい。
「幸田サーキット・コーススケジュール」
皆様の参加を是非お待ちしております!よろしくお願い致します。
昨日、三重県四日市市の暁高等学校(3年制)で、全生徒879名の前で講演を行なってきました。
暁の生徒達は、寒い体育館にもかかわらず、みんな真剣に聞いてくれました。
今度は生徒達と一緒に、授業を受けに行ってみようかな・・・。
ありがとうございました。 芳賀健輔

MFJ スーパーバイクオフィシャルファンサイトでも紹介されております。
朝から天気の良い今日の午前中に、ヤマハファクトリーライダー、ホンダファクトリーライダーとして全日本選手権で大活躍をした往年のライダー、木下恵司さんが愛車のバイクで遊びに来てくれました!
木下さんと、ホンダのバイクは・・・、ヤマハのバイクは・・・、カワサキのバイクは・・・と昔話も含め、バイク話をたくさん聞かせてくれました。
なかでも、ファクトリーライダーでしか分からない、暴露話もあったので楽しかったです。
同じ愛知県内に住んでいる木下さん。
今度は仕事の合間に寄ってくれるとの事でした。
また遊びに来て下さいね!!
11月26日(土曜日)茨城県下妻市にある筑波サーキットにて開催された、「2011耐久茶屋”筑波耐久ロードレース“~冬の茶屋~」に参戦してきました。
このレースには、「KmaxRacing」と「KmaxRacingシニア」の2チーム、マシンはKmaxRacingがNSF100、KmaxRacingシニアがXR100モタードを持込みました。
レース前日の25日(金曜日)に公式練習が開催となっていた為、24日の夜中に出発。7時間掛けて筑波サーキットに到着をし、公式練習日を迎えました。
1セッション1時間と時間が少ない公式練習走行時間内に、ギアレシオの設定チェック、サスセッティング、キャブセッティング、そしてタイムアタックとやる事が満載。
それでもひとつひとつ課題をこなし、翌日の決勝日を迎える事となりました。
今回の参戦チーム・マシン・ライダーは以下
◆KmaxRacing ゼッケン「44」
マシン:NSF100
【4mini100cc】クラス
ライダー:
第1ライダー:松岡 明年(44歳)
第2ライダー:岡谷 雄太(12歳/小学校6年生)
第3ライダー:田村 菜美(12歳/中学校1年生)
第4ライダー:青木 一平(12歳/中学校1年生)
◆KmaxRacingシニア ゼッケン「43」
マシン:XR100モタード
【100ccノーマル】クラス
ライダー:
第1ライダー:渡辺 正一(48歳)
第2ライダー:鈴木 隆太(40歳)
第3ライダー:野田 匡史(44歳)
第4ライダー:星本 浩基(31歳)
第5ライダー:山野井 誠(47歳)
第6ライダー:森 直樹(47歳)

車検も無事に終え、9:15からの朝フリー走行でマシン最終チェックを行い、レーススタートグリットへマシンを整列。
この耐久茶屋は予選がなく、グリット整列順はなんと「くじ引き」・・・。レース前から運試しです・・・。
KmaxRacing「44」のグリットは、75台グリット中64番手グリットからのスタート、KmaxRacingシニア「43」は14番手グリットからのスタートとなりました。
そして天候は快晴、コースコンディションは最高の中、5時間後の15:40チェッカーに向けて定刻通り10:40に全車問題なくスタートが切られました。
レースはスタートから30分くらい経過した頃、コース上に多量のオイルが出た事で転倒者が続出。セーフティーカー介入によりフルコースコーションが7周続いた。
コース上のオイル処理も終わり、レースは再開。その後もKmaxの2チームは問題なく周回を重ね、1時間経過時点で「44号車」20位「43号車」65位、2時間経過時点「44号車」17位「43号車」61位、3時間経過時点「44号車」14位「43号車」60位、4時間経過時点「44号車」14位「43号車」57位と各ライダーは自らの任務をしっかりとこなし、チェッカーまでのラスト1時間を緊張しながらも楽しみながら、チーム一丸となって走り、そして頑張りました。
日中暖かかった日差しも段々と西に沈み寒さが増してきた15:40、ゼッケン25車が完璧なレースをしてトップでチェッカー。それに続いて続々とチェッカーを受け、我がKmaxRacing「44」KmaxRacingシニア「43」2台共大きいトラブル、転倒する事なくチェッカーを受け、5時間耐久ロードレースを「44号車」15位、「43号車」57位でレースを終えました。
ぶっつけ本番だったこのレース。
「44号車」は、初めてのコース、マシン仕様で、予想通りの展開と順位で終える事が出来、各ライダー・メカニック・スタッフ共々次に繋げる事の出来る経験やデータが取れました。
「43号車」は、今大会の参加者平均年齢をグッと上げるような高年齢で組織されたチームだったと思います。「こんなオッサン軍団でも出来るんだぞ!」と今の若い層に見せ付けが出来るレースをした事と思います。
・KmaxRacing「44」:64番グリットスタート 決勝レース結果/15位
・KmaxRacingシニア「43」:14番グリットスタート 決勝レース結果/57位
2車共に最後まで走り切る事が出来たのも、日頃から応援をして頂いているスポンサー様、スタッフの皆様、御協力応援ありがとうございました。また今回のレース参戦にあたり、弊社モーターサイクルプロショップ ケィマックスの休業をご理解して頂きました皆様、本当にありがとうございました。
次に同様のレースに参戦する際も、御協力と応援の程よろしくお願い致します。
◆御協力各社
・ダンロップタイヤ 様
・シフトアップ㈱ 様
・C.F.POSH 様
・N-PLAN 様
・NCCファクトリー 様
・㈱アライヘルメット 様
僕が25才の13年前・・・1998年10月29日の午後にそれは起こった。
全日本ロード最終戦フリー走行中に原因不明の転倒によって、「脊椎損傷」とういう重傷を負い、早14年目に入った。
だが、全く諦めていない。。。。今もなお。
2002年に、バイク好きなフリーライター/高橋 剛さんが書いた僕の記事がGOGLE誌に掲載された。
もしよければ、読んで下さい。
2001年6月、イタリア・ムジェロサーキット。グランプリは第5戦を迎えていた。予選を終え、ピットを歩いていたバレンティーノ・ロッシが、車椅子の男を見つけた。ロッシは笑顔で男に近づくと、一言二言の簡単な挨拶を交わして、立ち去っていった。
「相変わらずでけえヤツだな」
車椅子の男、芳賀健輔は思った。芳賀は昨年、鈴鹿8耐のパドックでロッシと出会い、少しだけ話をしたことがある。
「あの時から、また背が伸びてるんじゃねぇか?」
芳賀はロッシをうらやましく思っていた。背が高いからではない。自分の足で歩いているからでもなかった。
GPマシンは熟成が進み、各メーカー間のマシン性能差はほとんどないと言われている。そんな中ロッシは8戦終了時点で5勝を挙げ、チャンピオンシップポイントでも他を大きく引き離している。
「なんでロッシだけ速いと思う? 楽しく走ってるからだよ。最終的な夢は誰だって同じ。だったら、オレには楽しんでるロッシの姿がベストに見える」
芳賀の言う「楽しく」とは、もちろん世界一を決するレースで勝つかどうか、という極めて高いレベルの話だ。それでも彼は、「楽しむことが大事なんだよ」と繰り返す。
大きなアクシデント、絶望、そしてそこから立ち直るための長い時間。その末に芳賀が辿り着いたのは、「楽しむ」という意外なほど簡単な言葉だった。
「オレは楽しめてなかったよ。仕事だと思ってたからね。もちろんファクトリーライダーはみんなレースが仕事なんだけど、その中でどれだけ自分が楽しめていたか……。クリエイティブで、スピリットのある仕事ができてたかって言うと、全然そうじゃなかった。あの時だって、もう少し楽しむ余裕を持ってたら、あんなことにはなってなかったかもしれない。今はそう思うよ」
1998年10月29日、木曜日。全日本ロードレース選手権最終戦のフリー走行で1台の赤いマシンが転倒した。芳賀健輔の乗るYZF750だった。芳賀はその日のことをほとんど覚えていない。
「午前中にカートに乗ったことだけは覚えてる。あとは何も」
仙台の病院で過ごした2週間はまったく記憶にない。自宅近くの名古屋・中部労災病院に移ってから、ようやく意識が戻り始めた。
集中治療室から一般病棟の個室に移され、「背中を強く打った。神経が圧迫されて足が動かない」と聞かされた時は、「どうしよう」と血の気が引いた。
「やりたいことはもう何もできない」
絶望した。神経は切断されていなかったので、回復の見込みはゼロではない。けれど、芳賀に残されたのは1%にも満たないわずかな可能性だった。
レースはもうできないかもしれない。それどころか、もう歩けないかもしれない。家族との時間は──?
芳賀のひとり娘、美玲は当時2歳。テレビニュースで七五三の映像を見て、「1年後、オレは美玲に何がしてあげられるんだろう」と暗い気持ちになった。
「美玲やヨメさんに、やってあげたいと思ってたことがいろいろあった。そんな夢が全部ぶち壊された感じ」
不安定な精神状態が続いた。人から「頑張れ」と言われるだけでも「そんなこと自分が一番分かってる!」と心の中で叫んだ。親、妻、看護婦。身近にいる人すべてに当たり散らした。
1999年当時、中部労災病院で芳賀のケアをしていた看護婦の石橋亜衣子は、芳賀をこんなふうに見ていた。
「弱いところを人に見せるタイプじゃない。けど、甘いな、と思うところもありましたよ。当たられたり、グチグチと弱音を吐いてる時は『好きにすれば?』って放っておいた」
石橋は芳賀がレーシングライダーだということを知らなかった。
「ホントにレースをしてた人なのかなって思うぐらい、すごく慎重にことを運ぶんです。病棟に貼ってあったレースのポスターに芳賀さんの写真が載ってるのを見て、『ああ、ホントにレースをしてる人だったんだ』って初めて思ったぐらい」
芳賀も苦笑いしながら言った。
「リハビリでビビッてると、『あなた、200キロ以上のスピードを出して走ってるレーサーなんでしょ?』って看護婦さんに叱られるんだ。でも怖いものは怖いって。こういう体になったらレーサーも何もない。みんな一緒。自信なんか何もなくなっちゃってた」
時は流れる。芳賀の心は、足よりも早く回復し始めた。
「お見舞いに来る人みんなが、面白い話を聞かせてくれる。何てことはない、くだらないバカ話ばっかりなんだけどね。でもそれが、オレの中で『頑張って行こう』っていう力の源になっていった」
リハビリの過程で自分と同じ境遇の人々と出会ったことも支えになった。
「車椅子で頑張ってる人ってすごく多いんだ。自分がそうなるまでは気付かなかったけどね。みんな一生懸命だった」
自分だけが背負い込んだと思っていた絶望が、実は誰にでも起こり得るものだと気付いた。そして誰もがそこから立ち直ろうと努力していることにも。芳賀の闘志に火がついた。
「何としてでも治す。絶対にあきらめない。車椅子からレースに復帰すれば、『アイツはいったい何者なんだ』って、注目もされるじゃない?」
リハビリというよりも、トレーニングに近いメニューをこなしていった。
心の回復も決して順調にはいかなかった。事故から数ヶ月が経ち、自分の体の状態を何とか受け入れ、前を向き始めた芳賀だが、今度は外からのプレッシャーに耐えなければならなかった。自分の力ではどうすることもできない、重く冷たいプレッシャーだ。
「病院には車椅子の人がたくさんいるのに、街ではちっとも見かけない。何でだろうと思ってたけど、自分が外に出るようになって分かった。すごく特別な目で見られるんだ。障害者に対する意識が低い。道路は段差だらけで車椅子で進むのも一苦労だし、トイレもろくに行けない。これじゃ出歩く気もなくすって」
特に年輩者の視線はきつく感じた。
「汚い物を見るような目で見るんだよ」
と吐き捨てるように言う。若い人の方がよほど自然に接してくれた。
そんな折りにリハビリで行ったアメリカ・コロラド州デンバーは、福祉の街だった。街全体のバリアフリーが徹底していて、過ごしやすかった。
「外を見渡すと、必ず一人や二人は車椅子の人がいる。そしてすごく自然に、知らない人が介助してるんだ。目をそらすような日本とは大違いだった」
デンバー帰りに、ラグナ・セカに寄った。その年からワールドスーパーバイク選手権にフル参戦していた弟、芳賀紀行のレースを見るためだった。
「誰もが車椅子のオレを自然に受け入れてくれた。中にはオレのことを紀行だと勘違いするファンまでいたんだよ。どうしてレースに出てる紀行が車椅子だなんて思い違いをするんだろうね!」
車椅子でサーキットに行ってもいいんだ──。福祉の街・デンバーで過ごし、ラグナ・セカで自信をつけた芳賀は、日本に帰るとそのすぐ後に行われた鈴鹿8耐に顔を出した。
「自分としては何も変わりなく行ったつもりだった。でも、周りはそうじゃなかったんだ。『来たんだね』という言葉はかけてくれるんだけど、その後の目!」
ラグナ・セカとは正反対の、本当に苦い思いだった。
「その視線に、改めてオレは障害者なんだって思わされた。暗い気持ちになったよ。障害者を障害者にするのは、本人の体じゃない。周りの人間の心なんだ。オレに言わせれば、そういう目で見るヤツらの方がホントの意味での障害者だよ」
二度とサーキットなんかに行くものか、と思った。
だが、芳賀にはレースしかなかった。
「違う世界で何かをしようと思ったら、まったくゼロからのスタートになる。車椅子っていうハンディを背負って、ゼロからのスタートなんて……。モータースポーツの世界なら、ゼロってことはないからね。やっぱりここに戻っちゃう。いや、戻るって言うのとも違うな。なんて言えばいいのかな、うん、ここにすっぽり納まっちゃうんだ」
幼い頃からバイクに親しみ、モータースポーツと共に20年以上を過ごしてきた。例え冷ややかな視線を浴びようと、サーキットでしか生きられないのだ。
弟の紀行も同じだ。兄が車椅子生活になっても、レースから離れなかった。
「オレだっていつオニイみたいになるか分からない。オレがならない保証なんてどこにもない。でもやめられない。オレにはこれしかないしね」
と紀行。
「オレのたった一人の兄貴なんだから、パンチのある所を見せてほしい。やっぱりオニイには、いつでもオレを引っ張っていってほしいからね。今は少し難しい状況だけど、チャンピオンになれるライダーだって思ってるし」
芳賀健輔もその夢を捨てていない。
「今オレは、休養中なんだ。ちょっとやそっとじゃできないようなつらい思いをしてるからね、復活した時は強いライダーになってると思うよ。そして『芳賀兄弟はバケモノだ』って、世界的な話題になってやるつもり。紀行も絶対頑張ると言ってくれる。オレもそれに応えないとね」
6月のムジェロサーキットを、芳賀兄弟がスクーターで走った。兄の健輔が前に乗り、アクセルとハンドル、そしてブレーキを操作した。弟の紀行は、足が徐々に落ちてしまう兄を支える。事故の後、初めてのサーキット走行だった。
「モーターホームでうだうだしてたら、いきなり紀行に怒られてさ。『外出ろ、スクーター乗れぇ』って。2年半以上経ってるしね、気持ち良かった。やっぱりバイクは2ストだよ」
と笑った。しかし、その胸中はただ爽快なだけではなかった。
「やっぱり複雑だったね。また走りたいなってすごく思った。うずうずしたよ」
初めて自分の目で見た、グランプリのヨーロッパラウンド。大型トレーラーやモーターホームがずらりと並ぶパドック。そして、そこを舞台に走るヤマハファクトリーの後輩、中野真矢や松戸直樹。
「オレはここに来たかったんだ」
素直にそう思った。
事故の後も「レースをやっていて後悔する気持ちは一切ない」と言い切っていた芳賀は、本場ヨーロッパでのグランプリを目の当たりにして、改めてモータースポーツの素晴らしさを感じた。
今、芳賀はリハビリを続けながら、新しい活動を始めようとしている。その将来的な予定の一つに、親子バイクスクールの開催がある。
「とにかくバイクに乗ることは楽しいんだってことを子供のうちから知ってもらいたいくて。ホントはレースは、やる側も見る側も楽しいはずなんだから」
モータースポーツを、そしてモーターサイクルを愛する者として、自分にできることは何か。考えた末に芳賀が行き着いた結論だった。
「ロッシも、小さい頃からオヤジのレースにくっついて歩いて、ヨチヨチ歩きの頃からエンジン音を聞いてたんだと思うんだ。オヤジと一緒にモーターホームで過ごしたりして、すごく楽しかったんだよ、きっと。そしてオヤジが何をするとカッコ良く見えて、何をすると人に喜ばれて、何をすると怒られるのか、全部見てたんだと思う。そして今それを、自分で全部実行してるだけなんだよ。楽しさをベースにしてさ」
芳賀の娘、美玲はもうすぐ5歳。レストランなどの駐車場で、車椅子マークが付いているエリアに停めたクルマから健常者が降り立つと、
「どうしてあの人、歩けるのにあそこに停めるのかなあ? いけないねえ」
と言う。物心ついた時から車椅子の父親に触れている美玲がごく自然に発した言葉は、芳賀の心を打った。幼い頃、何にどう触れているか。そのことの大切さに、娘を、そして自らの負傷を通して、芳賀は気付いたのだった。
「そんなこと、ケガでもしなかったら分からなかった。得た物は本当に多いよ」
芳賀の足は、ほんの少しずつだが動き始めている。
諦めずに頑張ります。
また皆さんの前で走れる日を目指し。芳賀健輔
まだまだ続くバイク・ツーリングシーズン!!
ツーリングでお出かけ前にタイヤの消耗チェックは行なっていますか?
タイヤの消耗が気になる方はこの機会にまとめて変えちゃいましょう!
という事で、、、
「ダンロップタイヤ」トップクラスのGPR-α12と新発売されて間もないUnbeaten02のラジアルタイヤを大特価でセール開催致します!
そのKmaxダンロップタイヤセール期間は、9月1日から9月30日までの期間開催です!!
また、ダンロップタイヤが「ツーリングキャンペーン」を同時開催しております!
キャンペーン開催期間中にKmaxセール対象タイヤ(α12・UB02)をご購入の方にはダンロップオリジナルグッツが付いてきます。
またまたツーリンググッツが抽選であたる応募ハガキも付いてきます。
ダンロップ 「ツーリングキャンペーン」
キャンペーン開催期間 : 8月5日から9月25日
消耗したタイヤは危険がイッパイです!!
この機会に是非、タイヤを!!
今現在履いているタイヤチェックもさせて頂きます。お気軽にお申し付け下さい。
★ ダンロップ セールタイヤセット価格 ★
◆ダンロップ GPR-α12
・120/60ZR17&160/60ZR17
¥36,800-【1set/税込】
・120/70ZR17&180/55ZR17
¥41,700-【1set/税込】
・120/70ZR17&190/50ZR17
¥42,400-【1set/税込】
・120/70ZR17&190/55ZR17
¥45,600-【1set/税込】
◆Unbeaten02
・120/70ZR17&180/55ZR17
¥43,000-【1set/税込】
・120/70ZR17&190/55ZR17
¥43,500-【1set/税込】
※コンパウンドの指定が出来ます。その為、ご注文を頂いてからのメーカー発注になりますので、御了承下さいませ。
選択できるコンパウンドは、フロント:【R2・R3】リア:180・190サイズ共に【R2・R3】になります。
尚、タイヤ交換工賃も通常価格よりお安い特別価格で御奉仕致します。
価格のお問合せも受付けております。お気軽にどうぞ!
是非、この機会をお見逃しなく。。。
(注)
・セール価格は、当店でセット交換をして頂いて方のみの価格となっております。
・タイヤのみのセット販売も致しますが、2セット購入からの価格、販売となります。
・場合によっては、御注文頂いたタイヤの在庫切れで、タイヤ入荷までお持ち頂く場合がございますので、御了承下さい。
・作業ピット状況によっては、即日作業が行なえない場合もありますので、御了承下さい。
・セール価格の為、全額前金支払いでお願い致します。
・タイヤ・ダンロップオリジナルグッツ、数に限りがあります。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
モーターサイクルプロショップ ケィマックス
2011年9月 営業休業日のお知らせを致します。
【 2011.9月 】
2011年9月の休業日は、毎週水曜日の定休日と、15日(木)を臨時休業させて頂きます。
皆様方にはご不便をお掛けする事になるかもしれませんが、ご理解を頂きましてよろしくお願い申し上げます。
今日8月6日・7日に栃木県・ツインリンクもてぎで、全日本ロードレース選手権第4戦が開催されます。
そのレースのJ-GP2クラスにTSR/TSR6を駆って参戦をしている、また弊社代表がヤマハファクトリーライダー時代の後輩ライダーでもあった、関口太郎選手。
太郎選手は自らのチームを造り、自らがスポンサー活動をして、ロードレース界をもっともっと盛り上げようと、J-GP2クラスのみならずST600クラス(今回開催はしない)にも参戦をして頑張っております。
弊社は、そんな太郎選手を微力ながら応援をさせて頂いております。

今回のレースもゼッケン「15」で走ります。
現地のレースの様子もLIVE配信されます。
LIVEはこちらから→USTREAM
太郎選手の熱い走りを応援してあげて下さい!
ヤマハ/YZF-R6(’06~’11)用のビッグラジエターが入荷致しました!
ヤマハレーシングパーツで取扱いのあったレーシングビッグラジエターセットと同じものが、イタリアから届きました。