プロフィール

お名前:S&R Racing
性別:男性
出身地:佐賀県
自己紹介:
Singapore 在住モータースポーツ エンジニア(車とバイク)
各モータースポーツ レーシング サポートサービス
競技用点火装置 開発、製造、販売
レース無しで生きて行けない!!

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JALに涙?

昨日のことだ。
channel news Asia の ニュースを見ていた。
JAL のことを言っていた。
JAL のことは 日本のWeb サイトで 知りはしていた。
その後newsの内容は変わり続いて アジアの航空会社 
 
が ここ3ヶ月 東南アジアの航空会社を利用する渡航者 特に シンガポールエアー ラインが このアジアで 過去最高になり前年比 150% アップだと 誇らしげに報道していた。JAL の ニュースを見ても そのときは なんともなかったが、
 
東南アジアの航空会社のニュースを見たあと しばし 涙が流れた。
自分でも 訳が分からなかった。 たぶん 日本人として 悔しかったのだろう。
 
”JAL" さん 頑張って!!!”
 
私も 数回 JAL を使ったが。絶対JAL でなければ という特色が無かった。
英語を話さない日本人の人たちには安心感がありいいのかもしれないが
英語圏の人には安くて新しい機体でサービスがいい航空会社を選ぶ。
 
日本の航空会社の機体は少し古さを感じた。
 
Air Asia は 格安が売りだが、サービスもよく バジェット ライン と言った感じはない
他の国際線とほとんど変わらない。安さが売りなため、無駄を省き 燃費がいい新機種を短いサイクルで変えている。また部品の一貫性を持たせるために同じ型の機体を使用している。Singapore Air line の子会社 Tiger は その上を行く。 シンガポールの会社は 利益が出ない商売は決して行はない。 付き合いとかで 利用する人などいない。
能力の無い人は短期間で やめさせる。ストライキなんかありえない国だ。
 
日本の企業には 頑張ってほしい。 
白人社会に追いつけ追い越せで 目がくらんでいる間に 足元のアジア諸国に追い越されるのももうすぐかもしれない。
 
投稿日時:2010/01/22 09:17:40 投稿者:【S&R Racing】
カテゴリ:プライベートな話  コメント(0) 

切磋琢磨

本当の自分を出すことも時には必要!!気弱でも進み続ける自分がいる。
 
 
僕はこのブログで 去年の今頃から今までにかけて、”必ずチームに勝利を導く”常に勝つとか、勝利は見えている、など
皆さんの癪に障るような言い方で、 いつも強気の発言をしているのですが、 本当のところは、
私、佐藤という人間は気が弱く劣等感の強い人間です。そして負けず嫌いです。
 
自分は天才肌では無いので、常に努力することによってこそ 成果が出せることを知っています。しかし、気が弱い僕はどうしても逃げ場を探してしまいます だからこそなるべく公的に声明を出し自分の逃げ場をなくしているのです。そうすることによって自分自身を支えています。
 
言ってしまった以上、恥をかくのが嫌いな佐藤は”どうしたら実現できるのだろう”
と、真剣に考え始め行動を起こします。 
 
本当は、佐藤は気が弱く劣等感が強い人間なのです。
だからこそ、人間として自分の中で革命を起こす必要があるのです。
 
 
フォードGT と戯れ中の僕!!
 
 
 
 
 
投稿日時:2008/03/13 23:01:42 投稿者:【S&R Racing】
カテゴリ:プライベートな話  コメント(0) 

未だ若い

この間のテスト走行の時の写真を嘉村が撮ってくれていた。
やはりヘルメットをかぶるとまだまだ若く見える。て年がばれないだけ?
 
ヘルメットは長年愛用する アライのナイジェルマンセル インディー レプリカ。
 
 
私 佐藤
投稿日時:2007/11/10 13:06:40 投稿者:【S&R Racing】
カテゴリ:プライベートな話  コメント(0) 

引越し

引越しをした。 シンガポールに来てもう何回目だろうか。7回以上は引越ししたかなー?いつもそうだが今回も引越し屋さんを雇わず自分と嘉村にも手伝ってもらった。困った時はいつもそうだが”ここに佐賀の友達が居たらなー”とか”生田 満か 古賀啓史(自称”走りの鉄人ヒロフミ”)がいたらなー”とか言う。
両名は共に嘉村の友達で私も良く知っている。生田は私の会社で働いていたことがあるし、古賀(鉄人ヒロフミ)は彼が高校一年生の頃私の会社を最初に訪れ、私の会社が車専門のチューニングショップだと判りながら”バイクチューニングしてくれますかー?”と とぼけた質問をし、それからの付き合いで私が日本を離れる2000年頃はドッグファイトやLife などのチームで走っていた。
 
この8年でいろいろあった。今の生活もどんどん バイクや車のレースの世界に戻っていっている。一時は誰から依頼を受けても断っていたが、根がレース好きだから今に至るのだろう。離れようとしても離れられない物がある。どうしても私の人生に付きまとってくる。
幸せなことなのだろう。離れられないのならとことん付き合っていこうと決めた。水の様にどこへでも順応し姿形を自由に変え岩をも砕く、そんな自由で力強い自分でありたいと思う。
 
十代の頃、近くではどこのバイク屋さんに行ってもどんなに金をつぎ込んでも思った通りに仕上げてくれず、有名なショップは佐賀県から遠く、それならと自分で独学で勉強し始めその後バイクを理解するためにTOYOTAに入社した。上司も理解があり徹底的にエンジンとは何か、又、制御システムとは何かを教えていただいた その当時 新郷さん というトレーナーに付いていたが皆は”仏さん”と呼んでいた。実際には鬼のような人だった。
 
その仏さんが”佐藤 お前はどうしてTOYOTA自動車に入社した?”と聞かれ”バイクを理解したいし、必ず電子制御エンジンシステムの時代が訪れる。バイクには未だ投入されていないし一番技術的に進んだトヨタ意外に考えられなかった。と答えると。”よし!! 必ず良いバイク屋になれよと大笑いしながら私の肩を叩いてくれた。”お前は正直すぎて面白い”とも。。。。講習会の時などに同期の同僚たちにこの仏さん”佐藤のようにしっかりした目標を持って勉強しろよ!!”車のレース屋でもバイクのレース屋でも良いからここで得たことを最高のステージで発揮しろ!!”それがお前たちの生きがいになれるように”と
 
25年以上前の佐藤
 
17の頃
 
15年前の私の HKS Pro Shop
投稿日時:2007/11/06 00:59:50 投稿者:【S&R Racing】
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