お名前:藤井正和
性別:男性
茂木の矢板代表に電話で何回も実況中継しながら応援して、...
うちはスカパーもなくて 観戦出来ませんが ↑のみちのく...
遠くから空観て応援しています!
藤井さんお久しぶりです。今年の夏は猛暑とは言えないです...
藤井さんお久しぶりです。猛暑とは言えない夏ですがTSR...
克己あるのみ!
遠くからですが応援していますが、気持ちは現地です。
今年も応援に行く予定だったのですが、先月父が亡くなり行...
昔、F1マクラーレン・ホンダ時代の頃、目標とする例え...
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ワールド筑波、テクニカルスポーツ関東総帥の橋本さんが亡くなった。
先日ブログに書いた筑波へ行ってきたのは、実は親父(橋本さん)を見舞いに行ったのだった。カツ(息子)から電話があり「まささん、親父は一月いっぱいです」と言われたからだ。
でも病室で親父は「なんだ!お前!ケンタは?学校か?」と憎まれ口を利く、相変わらずだな(苦笑)と思いながらも案外元気そうで良かったと病院を後にしたんだ。
そして、1月20日朝7時46分に私の携帯に着信履歴が残っていた。
宛名は「橋本カツ」となっていた。
その瞬間「あっ親父死んだんだ!」とわかった。
直ぐに電話したけど当然つながらない。
そのうちカツから電話が再度あり予感は的中した。
50年ほど前に男達は鈴鹿を目指していた。
藤井テルヨシ(私の父)橋本勇(筑波の親父)数名の若い衆達だ。
千葉県船橋サーキットの近くで経営していた会社を後にして
当時は山賊が出ると言われていた鈴鹿へ開拓者のように来たのだ。
その後10数年鈴鹿で従事してくれた筑波の親父は
再度、新天地を求め筑波サーキットへ単身乗り込んでいった。
それが、ワールド筑波、テクニカルスポーツ関東の誕生であった。
約30年前に私が鈴鹿へ帰ってきたとき
テクニカルスポーツと言えば関東の事であり
ワールドと言えば筑波の事を指すぐらい筑波の親父が燦然と輝く星であった。
全日本歴代チャンピオンの輩出、カップヌードルなど有名スポンサーを得とくし
営業面でも日本一であった。
それに比べ本家であるはずの鈴鹿ワールドモーターは自動車の修理工場も廃業同然、
テクニカルスポーツは廃止状態。誰一人活動もしていなかった。
だから当然だけど私が目指したのは実の父ではなく
筑波の親父を目標に「何時かは親父みたいになりたい!必ずやってやる!」
と燃えたのだった。
でも何時までたっても勝てないね!
父も親父も当時の事は何も語ってくれないのだけど
何十年前にどんな約束をしたのかわからないが
男達が共有した夢を持ち
同じ名を掲げて守り抜きとおしてきた事実は今ここに生きている。
何かにつけて、やれ金だ権利だと主張ばっかりする世の中だが
こんな男達が存在していたのだ。
スポーツ界で「侍」と言う言葉を使う風潮があるが
軽く使わないで欲しい!
私は侍には会った事がないが
橋本の親父こそが「侍」なのではないだろうか!
そんな思いを持ちながら二日間を親父と過ごしてきた。
ゆっくり眠って欲しい!
楼蘭
私が愛した四川料理の店だ。
創業者の本田宗一郎さんの意思で作った店なんだ。
25 年前のオープニングセレモニーのことを良く覚えている。
鈴鹿サーキットの中にあり
私の自慢でもあった。
色々な人達と出会い酒を飲み、飯を食った。
TSR の忘年会や新年会、祝勝会、結婚式、葬式、お盆や、正月、会議、
仲間と集まるときなど、ともかく楼蘭を利用した。
その楼蘭が残念だけど 3 月中旬をもって閉店となる。
悲しいね。
だから今私に出来ることは出来るだけ多く通い大好きな坦々面を食べることだ。
昨日も長野の池田社長達と行ってきた。
1 月だけで6回目である。
楼蘭や鈴鹿サーキット味の町へ行かれる人は私のことも誘ってください。
JAL の友人に電話をしたら海外着信のコール音だったので
あわてて切ったが起こしてしまったようだ。
やはり電話をかけなおしてくれた。
「今、何処だ?」
「ニューヨークなの」
「そうか、悪かったな」
「心配してくれているのでしょう?」
「まあ、いいから日本へ帰ってきたら電話してきなさい」
と言って切った。
彼女とは 20 年ぐらい前に会社の社内旅行で韓国金浦空港からの帰りに知り合った。
空港のバーで一人ジンを飲んでいた私は上機嫌で機内へ乗り込んだのだろう。
社員達と盛り上がりながら「機内のアルコールを全部飲むぞ!」との勢いで
離陸する前に「スチュワーデスさん、実は私は病気でアルコールが切れると死んじゃうんです!だから内緒でビールをください」と言ったのだと思うが
本当に持ってきてくれた(笑い)
それからは凄かったね!周りの団体さんたちとも仲良くなり飲めや歌えの大騒ぎ!
でも彼女は嫌な顔もせずに我々の世話をしてくれていた。
だから、名古屋空港に着く前に「次は何処へ飛ぶんだ?」と聞くと「ハワイです」
と答えたと思う。「ではハワイから絵葉書を送って」と頼んだら当然断られた。
そこで大きな声で「乗客の皆さん!このスチュワーデスさんは絵葉書をくれないんですよ!」などと乗客の皆に訴えたのだ(笑い)そうすると大勢の酔っ払い達が応援してくれて、結果は私の勝ちであった。
JAL がおかしくなる予兆はかなり昔から感じていて話し合っていた。
社長が何人も代わったが抜本的には何も変わらなかった。
結果として倒産したのだ。
倒産して整理整頓せねば復活できないところまで来てしまったのだね。
これからが大変だと思うが頑張って欲しい!
写真は食事が終わった後にケンタが「2ゲームぐらいボウリングしよう」と言うので
TSR スクール生の長谷川修大がフルコースのライセンスを取得できることになった。
これで鈴鹿サンデーレースは 600 カズ、地方 125 にシュウダイ、
ウエストチャレンジ 125 と GP モノにケンタとなった。
サンデーレースも楽しみだね!
政治はゴタゴタしている。
本質の部分で激論を交わして欲しい!
今の日本がこのままで済むわけが無い。
一刻も早く手を打たねば毎年おかしくなり続けるだけだ。
レース界も同じだ。
一度全てリセットして考え直すべきだ。
もう「レースだけで飯を食う!」のは不可能だろう。
頂点まで行けば別だけど
簡単に「世界」などと言ってはいけない。
それよりも、走れることの喜び!
仲間達と参加できる楽しさ!
家族と共に出来るスポーツとしての価値観!
など
レースをやる意義は沢山ある。
だから安全を最優先でルールを決めるべきだ!
そして、走る価値観に見合った運営方法も必要だろう。
このブログはレース関係者が読んでくれていることが多いので少し実例をあげる。
受付や車検の簡素化。サーキットや運営側、 MFJ はライダーやチームを
お客さんとして扱わねばならない!未だに昔の役所みたいだ!
参加者の意見を聞きながらルールの改定を行う。
メーカー主導型が残っているのは日本のレースだけだ。
レースを行っているのは我々で技術委員ではない。
もっと参加している人たちは可笑しな事に対して顧客としての権利を主張すべきだ!
レースも親方日の丸で、お役所仕事の運営できている時代は終わっている。
早く気がついいて改革せねば大好きなレースも出来なくなる日は間違いなくある。
しかし、一歩的に自己主張ばかりせずにお互いが歩み寄り三位一体に進むことが大切だ。
協会、メーカー、施設、参加者が同じ方向へ進んでいるのだから
必ず出来ると信じている。
名古屋は雪だった。
今朝、ケンタと白子駅まで一緒に行く道中に
「今夜は雪になるかもな」と
話していた。
家をでるときに車の外気温度計は 0 度だった。
TV のニュースで東京は既に雪が舞っていて
本日は筑波まで行き東京へ戻り、一仕事して鈴鹿へ帰る予定だ。
私を運んでくれる、のぞみ 212 号は雪落としの為 10 分ほど遅れて発車した。
走り出すと雪景色は見られない。
さあ、今日はどんな人と出会い。
どんな事があるのか楽しみだ!
常磐線に揺られるのは久しぶりだ。
上野から日暮里、千住を通るのだが
私の親戚は東京下町がほとんどだったので懐かしい。
正月や夏休みは東京へ帰ってきて千住の親戚や日暮里の親戚のところへ遊びに行っていた。
首都高を走るとお化け煙突があり
見る角度で本数が違った事を良く覚えている。
それに、名前が確かではないが「よしのぶちゃん」誘拐事件が
あって周りの大人たちから「ふらふらしていると誘拐されるぞ」
などと何度となく言われた記憶がある。
もんじゃ焼きやベーゴマ、メンコが懐かしい。
帰りの新幹線に飛び乗った。
22 時には TSR に到着するだろう。
忙しい一日だったが心地よい疲労感だ。
最後にホンダ本社で打合せをしていたら鈴鹿サーキットの荒木部長や
HRC の中本副社長と会うことも出来た。
皆が前を向き進んでいる!
立ち止まったり、後ろを振り向いている暇は無い!
昨日は鈴鹿スポーツ走行日で練習だった。
フルコースの走行と南コースの走行があり
TSR スクールは南コースでケンタはフルコースと南コースの練習だ。
したがってメカニックはスクール開催のため南コースへ行くので
私とケンタはフルコースパドックへハイエースでマシンを運んだ。
開いているピットを見つけマシンを下ろしていると
隣のピットを掃き掃除していた女性が「おはようございます♪」と
颯爽と挨拶してくれた。
当然私も「おはようございます」と挨拶を返したが朝から気分が良い感じである。
何処のチームなのか彼個人を応援してサーキットに来ているのかわからないが
ホウキの使い方から察すると、レースがサーキットが好きで
モータースポーツライフを楽しんでいらっしゃるようだ。
貴女の応援する仲間達とレース活動が充実できることを祈っています。
さて、 JAL の話だがおかしくなって当然だろう!
会社も社員さんたちや OB さん達も何が一番大事なのかわかっていないね。
それに日本のメディアの質が低いこと、とどめは馬鹿な大臣や日本国だ!!!
JAL の役目は「お客さんを安全に運ぶこと」である。
JAL がおかしくなって、迷惑をこうむるのはお客さんなのだ!
会社は御客さんの為に仕事をするのだ。
その為に JAL は再建する必要があって
株主や社員さんたちや OB さん達も我慢しなければならない事があるだろう。
国もお客さんを守るために支援する!
この信念があれば何千億だろうが税金を投入するべきなのだ!
日本航空
まさに日本を代表して世界へ飛び続けて欲しい。
JAL の旅には思い出が沢山ある。
91 年に世界 GP 参戦したのは良いが無計画だったので
当然のごとく活動資金に行き詰まりヨーロッパから日本へ金策に帰るのだが
何故だかモスクワに止まった事があった。
一度空港に降ろされ雪が降りしきる夜中に
「ああー俺は何をしているのだろうか」と一人涙したことがある。
しかし、成田へ着いたらやる気がみなぎっていた!
皆様、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
ここ二、三年の習慣になってきたが
年末年始はケンタの走行で終わり、走行で始まった。
基本的にバイクに乗れるときは毎日乗る事を日課としている。
一年前と比べると格段に成長したね。
昨年の冬の間はスランプというか、落ち込みが激しく
筑波全日本開幕戦まで引きずってしまった。
まあ、路面温度が低いときに無理して走行をすると
自分のライディングスタイルを確立出来ていないレベルの
選手にはよくある事なのだが、昨年は見事にはまってしまった。
皆さんにわかりやすく数値化して説明すると
昨年が 30 点なら今年は 60 か 70 点の出来と言えるだろう。
開幕を楽しみにしていてください。
さて、レースの方は順調だが
ケンタの人生にとって大きなレースである高校入試が迫ってきている。
これが大問題だ!
私はバイクを速くしたり、レーサーを育成することは得意だが
勉強はさっぱりである。
ケンタは地元の鈴鹿高校を目指しており 1 月末が試験日なので
未だかつて無いぐらい勉強している(笑い)
冬休みも毎朝 8 時には塾に行っていた。
試験日まで大変だと思うが悔いの無い様に目一杯頑張れば良い!
先ほどの冬場の練習の件だが
ケンタ達と違って、逆にあるレベルに達したライダーは
悪い条件でロードコースを走る必要は無い。
現状の全日本レベルなら筋力アップのトレーニングや
参戦準備に徹した方が良いと思う。
開幕して資金ショートからタイヤ代をケチらなければならないとか
無理な移動スケジュール止めて、レースに打ち込める環境整備を
今のうちにしておきシーズン中はベターな状態で望めることが
お世話になりました御客様、関係各位の皆様
必死に働いてくださった従業員の皆さん、それを守ってくれた家族の皆様
一年間ありがとうございました。
おかげさまで売り上げ目標に対して92.9%の結果
利益目標は102.8%で達成できました。
販売不振といわれている二輪車販売部門である白子店は
12 ヶ月連続で利益目標を達成するなど素晴らしい活躍をしてくれました。
レース部門も全日本選手権 ST600 で手島がチャンピオン、岩田が 6 位、ケンタが GP モノ 3 位、 JSB1000 で秋吉が2&4、最終戦鈴鹿で優勝と全日本全戦で毎回 TSR の誰かが表彰台に上りました。
2010 年 TSR 第 48 期は経営理念「バイク一筋」の元で新たな事業領域へ展開してまいります。
鈴鹿本店を改装し TSR レーシングカフェ(仮名)をオープンする。
一人でも多くの御客様と出会うために
バイク人が集う場所の提供を考えているのです。
「鈴鹿に来たら TSR によって行こう!」と気楽に来て頂けるようにしたいね。
どうぞ皆さん期待して待っていてください!
頑張って創り上げます!
SMSC の表彰式だった。
鈴鹿サーキットのモータースポーツクラブ略である。
ケンタは地方選手権 GP モノでチャンピオン、ウエストチャレンジカップ125で
ランキング 2 位になり表彰された。
昨年から随分と成長した。態度もでかくなったね!(笑い)
来年は高校に通いながらレース活動をする計画だ。
その高校に通うために大きな関門の受験がある。
今ケンタは必死になって勉強しているが
どうなることやら?
世界で勝つことより学校の成績を上げることのほうが難しい!!!
ここまで昨日書いていました。
今日はクリスマスイブですね。
皆さんはいかがお過ごしでしょうか?
今年も残りわずかになってきました。
私にとって 2009 年は激動の年でしたが
同時に大きな転換期でもあったと言えるね。
2010 年には更なる飛躍を目指して
経営計画書を一人事務所で見直しているのです。
さあ、もう少し頑張ろう!
写真はケンタが鈴鹿サーキットのスカラシップを受賞したワッペンとステッカー。
なんと 2010 年の走行代金は全て無料になるのだ!
のぞみ212号東京行きに揺られている。(昨日書いていた奴です)
今週は狂ったようなスケジュールだ!
毎年レースシーズンが終わると一気に忙しくなるが
今年は例年よりハードだ。何故なら来年から世界 GP 参戦が始まるからだ。
まだ始まったばかりで、これからが大変だが TSR は確実に動き出している。
2010年4月25日茂木の日本 GP には FCC TSR が直接参戦して優勝を狙うが後の選手権はコンストラクターとして挑戦をするのだ。
世界選手権の数チームから TSR6 を使用したいとの問い合わせがあり
スペイン選手権からの問い合わせも入れるとかなりの台数になる。
だからオフの間は海外テストに集中することにした。
1月の海外チームが行うテストにも帯同し IRTA が行う3月からのオフィシャルテストに照準を合わし開幕戦のカタールに臨むのだ。
海の向こうからは多くの問い合わせや動きがあるが国内からはゼロなのが悲しいね。
頑張れ!日本男児!!
写真は元気な日本男児!中西ボス!

















