プロフィール

お名前:藤井正和
性別:男性

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ただいま

マドリッド空港発 AF 1401巴里シャルルドゴール空港行き 13:30 発に乗る。

すでに FCC   UK の社長中村さんやニッシン高久さん達とは空港で別れた。

巴里で降りる奴らや

巴里から東京へ飛ぶ一行もいる。

実は今回のレース参戦は昨年の 12 月には考えていた。

鈴鹿サーキットが8耐ルールを発表するタイミングに合わせて必然的に計画していた。

(ここまではシャルルドゴール空港で書いたんです)

流石に力尽きて機内や途中では書けませんでした(笑い)

 

 

それにしても私は幸せである。

スタッフ達は信頼してくれ

サーポート企業様達は絶大なる支援をしてくれる。

人様からスペインに参戦してくれとか何かしてくれとか言われたことは無い。

何時も言い出しっぺは私だ。

それなのに誰一人文句を言わずに付いてきてくれ

全ての企業様が賛同してくれる。

BSは写真にもあるようにFCC TSRの為にタイヤを 90 本空輸してくれドイツからトラックと外人スタッフ二人派遣してくれ日本からは中川課長、松永さんが来てくれた。中国からGPの最中山田さんは毎晩メールをくれた。

ブレーキキャリパーのニッシンは高久さんを派遣してくださりピット作業の手伝いやエンジン整備の面倒も観てくれ何十キロというパーツを手荷物で運んでくれたのだ。

ブレーキディスクのユタカ技研は村松さんがサポートに来てくれた。なんとピットサインボードを出す手伝いを 6 時間おこなってくれた。

サスペンションのKYBはドイツのヨーロッパ支店から小倉課長が外人スタッフとトラックで駆けつけてくれ日本からは井手さんが来てくれた。そしてプライベートで井手さんの奥さんも友人と別行動でアルバセテサーキットへ応援に来てくれたんだ。井手さんはストップボードを行ってくれた。

FCCからは杉田さんが給油マンとして来てくれFCC UKからは中村社長と上倉さんが応援に来てくれ人使いのあらい私は社長にタイヤの受け取りをさせた(笑い)

巴里からは97年にWGP500をTSRで共に戦ったハツミが全てのオーガナイズをしてくFIMや外人プレス対応を完璧にこなしてくれた。

そして現地ではWGP活動を行っていたときの選手カルドサやメカニックのペドロにも逢えたしFIMの連中や多くの懐かしいメンバー達とも再会できた。

全てが我々を好意的に受け止めてくれ全く知らないメンバー達も歓迎してくれた。

ゼッケン1のチャンピオンチームであるスズキフランス(北川選手が所属してた)も窒素ボンベを貸してくれたり色々なアドバイスをくれる。ボンベ代金は受け取らずに「鈴鹿のログキャビンで飲んだら請求書はTSRに回す」と言われた。
怖いね(笑い)

 

最初に全員で挨拶をしてレースを始め、チェッカーをを受け最後に全員でお別れをした。

チーム侍だった。

 

最後の御礼とお別れの挨拶で私がみんなに告げた。

「実は今朝、辻村のお母さんが亡くなりました。危篤療養中だったのです。昨日日本の病院から彼に危篤だから親族を集めるように電話連絡がありました。しかし辻村は誰に何も言わずに走り続けたのです。どうぞ亡きお母さんのために黙祷を捧げたいと思いますので皆さんお願いします」

みんなが協力してくれ

スペインは我々を優しく包んでくれた。

ありがとうございました。

 

藤井正和
  
 

投稿日時: 2007/05/07 19:53:19 投稿者:【 藤井正和 】
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